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Kenkun Shrine

宮司講話集

「大嘗祭について」 
 平成2年11月10日 大和祭にて


 本日は皆様大変お忙しいところ、又、大変ご遠方のところ、大平和敬神の二十年記念祭にご参列賜りまことに有難うございました。お蔭をもちまして今年の大平和敬神祭も滞りなく執り収める事が出来、心より厚く御礼申し上げます。今年は大平和敬神の神石が創建されて満20年のまことにおめでたい年に当り、去る4月10日の大和祭を記念大祭として賑々しく執り行わせて頂いた次第であります。

 又、今年は今上陛下即位の御大典の行われる大変おめでたい年でもあり、さらに、又、紀元2650年の節目の年にもあたります。そこで本日は、即位の礼、大嘗祭等につきまして私なりに理解しております事を皆様にお話させて頂きまして、皆様共々この御大典に奉祝の意を表させて頂ければと存じます。

 第一に、申し上げたい事は即位の礼とか大嘗祭、又、昨年の1月7日に行われました剣璽等承継の儀はすべて儀式であってこれにより皇位の継承が行われるものではないという事であります。一部に大嘗祭等、全ての儀式が無事行われて始めて皇位の継承が滞りなく行われると誤解している向がありますがそうではありません。昭和64年1月7日に昭和天皇が御崩御されると同時に何の儀式もなく今上陛下が第125代の天皇におなりになられたのであります。
 さて、この皇位継承に伴う儀式、ご大典は3つに大別されます。第一が践祚の儀、第二が即位式、第三が大嘗祭であります。
 践祚の儀は昭和64年1月7日、昭和天皇の御崩御の直後すぐに行われた儀式であり、いわゆる三種の神器の儀式であります。三種の神器とは、皆様よくよくご承知の通り、八咫の鏡、天叢雲の剣、八坂瓊曲玉でありますが、このうち八咫の鏡は伊勢神宮にお祭りされており、その御分霊が宮中賢所にお祭りされております。天叢雲の剣、別名草薙剣は熱田神宮にお祭りされており、その御形代が宮中のお手許にございます。この御形代の剣と八坂瓊曲玉の本体についての儀式が「剣璽等承継の儀」でありまして皆様テレビでご覧になった通りであります。御分霊の鏡についての儀式が「賢所大前の儀」であります。この両者「剣璽等承継の儀」と「賢所大前の儀」をあわせて「践祚の儀」と申します。践祚の儀は従って皇祖の精神、霊威の継承を確認する儀式であり、天皇と天皇の御祖先の間の儀式であります。
 次に明後日行われます即位の礼は天皇と国民との間の儀式であると申せましょう。つまり、即位の礼では天皇が高御座という立派な玉座にお登りになって、第125代の皇位をお継ぎになった事を国の内外に宣言され、国民の代表という立場で総理大臣がお祝いの言葉「寿詞」を申し上げ万歳を三唱する事となります。
 最後に三番目の儀式である大嘗祭でありますが、これはいったいどういう性質の儀式なのでしょうか。天皇と天皇の御祖先の間の儀式である「践祚の儀」が済み、天皇と国民の間の儀式である「即位の礼」もすめば、それ以上にどんな儀式が必要なのでしょうか。
 大嘗祭の性質につきましては従来色々の説がありましたが、昭和3年に折口信夫博士が真床覆衾、天皇霊継承説を唱え、「大嘗祭の核心は天皇を天皇たらしめる根源的な威力である天皇霊を新しい天皇が大嘗祭でふとんにくるまって身につけられる秘密の儀式である」としました。この後、この学説が圧倒的な支持を得て定説となり、マスコミその他にも受け入れられ、皆様も何度か耳にされた事と存じます。この説によって大嘗祭を済ませて天皇霊を身につけない間は、天皇であって本当の天皇ではないといわれ、大嘗祭の重要性が力説されました。又、右翼の人々からは大嘗祭はあまりにも宗教的、秘密儀式だと批判されたりしました。
 私はかねてから、この学説に、一種の胡散臭さを感じておりましたが、先日、宮内庁の藤森長官が大嘗祭の内容を公表する考えはないが、誤った世評は正さねばならないと発表され、この折口信夫説はその根拠を完全に失った形となりました。
 大嘗祭はむつかしく秘密めかして考える必要はない単なるお祭りと一緒でありまして、毎年天皇陛下は新米を神様にお供えする新嘗祭を宮中で行っておられますが、大嘗祭は新天皇が最初に行われる新嘗祭でありまして、占いで決められる悠紀の国(秋田県)と主基の国(大分県)の農家の方が作ったお米と、和歌山県と淡路島の鮎、あわび、うに、かき等の魚貝類、果物、畑作物をお供えし、又、愛知県の農家が作ったにぎたえ(絹織物)、徳島県のあらたえ(麻織物)もお供えし、又、悠紀の国、主基の国の人達の奉仕でできた大嘗宮という御殿でお祭りをする、つまり、国民がこぞって今度の天皇陛下の御代もいい御代でありますようにと色々なお供え物を持ち寄り、陛下がそれを神様にお供えし、後、お下がりを皆で直会でいただくというものであります。戦国時代には200年以上に亘り、大嘗祭が行われませんでしたが、125代目の平成の御代は大嘗祭を皆で立派にやりましょうという気運になっているという事は、日本の国にとり、日本人一人一人にとって平和で幸福な事であります。
 以上でお判りと存じますが大嘗祭の特色は、即位の礼や践祚の儀と異なり国民参加による儀式という特色、極めて日本の皇室らしい形であるといえましょう。11月22日、23日の大嘗祭は全員でお祝い申し上げたいものであります。

 さて大平和敬神の二十年記念祭は去る4月10日に行われましたが、本当に丸二十年目に相当するのは本日11月10日であります。大平和敬神の神石が建立され、それから20年間立派にお守りされてきましたのは、多くの方々のお蔭でありますが、中でも当初から20年間終始一貫その中心となり、又、建勲神社そのものにも20年間真摯にご協力賜ってきましたのは、西内清子さんであります。今日、20周年のよき日に、奇しくも神社本庁より西内さんに功績状と記念品が送られて参りましたのでこの場でお渡し申し上げたいと存じます。

(以上)

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