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〒603-8227 京都市北区紫野北舟岡町49

織田信長公三十六功臣

池田 信輝
 (恒興、勝三郎、号:勝入斎)

父恒利の代に摂津より美濃に移り織田信秀に出仕。母養徳院は信長の乳母であり、信輝は信長の乳兄弟である。信長の下で萱津の戦い、稲生の戦い、桶狭間の戦いに参戦。永禄4年(1561)軽海の戦いで敵将稲葉又右衛門を佐々成政と二人で討ち取る。元亀元年(1570)犬山城と其の周辺の地一万貫を与えられる。天正2年(1574)武田軍の抑えとして東美濃の小里城に入る。その後摂津の地を与えられ、伊丹城を居城とする。天正10年(1582)本能寺の変後、山崎の戦いに参加し勝利に貢献。清洲会議に参加。天正12年(1584)小牧・長久手の戦いでは秀吉につくが、娘婿森長可、長男紀伊守元助とともに長久手にて討死。二男の輝政は生き残り、関が原の戦い後、播磨国姫路城主となり、池田家は存続した。