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織田信長公三十六功臣

河尻 重能
(与兵衛、秀隆)

愛知郡岩崎村の出身。若くして織田信秀に仕え、天文11年(1542)今川義元との小豆坂合戦ではわずか16歳で敵将を討ち取る。永禄3年(1560)桶狭間の戦いにも参加。永禄8年(1565)頃8月の中濃の猿啄城、堂洞城攻略戦に勇猛果敢に戦い功績を挙げ猿啄城(勝山城と改称)主を命ぜられる。引き続き信長に随身し各地を転戦。その後信忠軍団に属し、天正2年(1574)武田勝頼の土岐郡進出を食い止めるため神箆城に入り、天正3年(1575)長篠の戦いに参戦、同年11月には武田勝頼配下の美濃岩村城を攻略し岩村城主となる。天正10年(1582)2月信忠を補佐し武田攻めに貢献。武田勝頼自刃後、甲斐国と信濃国諏訪郡を与えられるが、そのわずか数ヶ月後に本能寺の変が起こり武田残党に襲撃され殺害される。