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〒603-8227 京都市北区紫野北舟岡町49

織田信長公三十六功臣

佐久間 信盛

信長の古くからの重臣で家老格として仕え行動を共にするが、晩年は信長の怒りに触れ不遇であった。桶狭間の戦い後、尾張国山崎城主となり、元亀元年(1570)には近江国永原城に配置され、同年佐々木(六角)承禎が一揆に加担して蜂起した際これを殲滅するなど功績を挙げた。天正元年(1573)伊勢長島攻め、同3年長篠の戦いなど各地を転戦。天正4年(1676)本願寺攻めを任せられ息子甚九郎とともに天王寺城に入り本願寺攻囲戦の指揮を執る。しかし顕著な手柄を挙げることができず月日が経過し、天正8年(1580)に信長が朝廷を通じて本願寺との講和を成立させた後、信長より譴責状が発せられ高野山に追放される。翌9年熊野にて病没。天正10年(1582)1月、息子甚九郎は赦免され再び信長に仕えた。