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織田信長公三十六功臣

佐久間 盛政
(玄蕃)

尾張国愛知郡の土豪佐久間盛次の子。母は柴田勝家の妹(姉との説もあり)。永禄11年(1568)信長が足利義昭を奉じて上洛した際に初陣。武勇に優れ天正4年(1576)には加賀一向一揆勢に奪取された大聖寺城の救援に成功。天正8年佐久間信盛追放後、謹慎するも柴田勝家のとりなしで勝家軍に加わり、加賀平定戦に活躍し金沢城の前身の尾山城城主となる。天正9年2月京都で馬揃えのため主力武将が不在となった際、加賀一向一揆の残党が二曲城を襲撃。北陸の留守居をしていた盛政は直ちに駆けつけ城を奪回した。天正10年(1582)本能寺の変後、秀吉と勝家の対立が深まる中、勝家を補佐するが、天正11年賤ヶ岳の戦いにて敗北。その勇を惜しんだ秀吉から配下につくよう誘われたが勝家への忠節を曲げず5月に処刑された。