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〒603-8227 京都市北区紫野北舟岡町49

織田信長公三十六功臣

長岡(細川) 藤孝
(治部大輔、号:幽齋)

第12代将軍足利義晴の子。天文8年(1539)細川元常の養子となり細川姓となる。母方の清原家は学問の家筋で武将としてばかりでなく文人(歌人・学者)としても著名。足利義輝の側近として有力。義輝自害後、義昭を擁立、朝倉氏、さらに織田氏を頼る。永禄11年(1568)に信長の擁立で義昭は上洛し第15代将軍となる。その後義昭と信長が決裂。天正元年(1571)藤孝は義昭側を離れ信長に臣従。天正3年信長より山城西岡の地を賜り長岡と改姓。本願寺攻め、長篠戦、安土城普請、石山城攻めなど各地の戦いに活躍。息子は細川忠興。天正10年(1582)本能寺の変後、忠興の妻の父明智光秀の誘いを断り家督を忠興に譲り隠居剃髪して「幽齋・玄旨」と号する。秀吉に従い出陣、文化人として活躍。家康時代にも招かれて幕府に諸政策を献言。