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〒603-8227 京都市北区紫野北舟岡町49

織田信長公三十六功臣

丹羽 長秀
(惟住五郎左衛門)

尾張国春日井郡一帯の豪族。代々尾張守護斯波氏の家臣。父長政は織田信秀の配下。天文19年(1550)15歳にして信長に近侍。信長の養女と結婚。永禄8年(1565)頃中濃攻略に際し河尻秀隆とともに猿啄城・堂洞城攻めなどで活躍。また永禄12年には松井友閑とともに天下の名物召置きの奉行を務める。元亀2年(1571)小谷城の抑えとして近江佐和山城に入る。朝倉攻め、伊勢長島一向一揆掃討戦など数々の武功を上げ天正3年(1575)信長の奏請により朝廷から「惟住」の姓を賜る。安土城築城の責任者(普請奉行)。信長家臣団の中で柴田勝家とともに宿老として信長から一段上の信頼を得ていた。天正10年(1582)本能寺の変後は秀吉に合流し山崎の戦いに参加。秀吉に臣従し越前1国、加賀2郡の大封を受け羽柴越前守と称す。天正13年北ノ庄城にて病没。