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〒603-8227 京都市北区紫野北舟岡町49

織田信長公三十六功臣

原田 備中守
(直政、塙九郎左衛門)

尾張春日部郡の人。信長の側近として若い頃から仕え、赤母衣衆の一人として活躍。永禄12年(1569)8月の伊勢大河内城攻めに参戦。元亀元年(1570)6月小谷城攻めから横山城攻めへ標的を変更した際、虎御前山からの退却戦に際し殿を務めた佐々成政を助けて奮戦した。天正3年(1575)長篠の戦いでは佐々成政、前田利家、野々村正成、福富秀勝らと共に鉄砲奉行を務めた。同年7月功績を認められて信長の奏請により朝廷から「原田」の姓を賜る。山城南部、さらに大和、河内までの行政を担当し、本願寺攻囲網の一翼を担う。天正4年4月に石山本願寺攻めが開始されると出陣し本願寺の南の天王寺砦に入り、同年5月、本願寺への海上からの補給線を断つため三津寺を攻撃するが、息子塙喜三郎、塙小七郎等一族ともども討死。