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織田信長公三十六功臣

平手 汎秀
(甚左衛門)

信長の教育係として信長を幼少の頃より補佐し、天文22年(1553)に信長を諌めて切腹した平手政秀の三男ともされる。しかし年齢的に政秀の嫡子宗政の嫡男であり、政秀の孫にあたる可能性が高い。元亀元年(1570)8月、野田・福島攻めに従軍。元亀3年11月、武田信玄に攻められた家康からの救援要請に応じ、信長は佐久間信盛、平手汎秀、水野信元、滝川一益らを派遣、三方原にて合戦となる。汎秀は武者大将として出陣、12月22日、先陣を務め、箕形屋にて討死。兵力に劣る家康信長連合軍は大敗し、家康は浜松に逃れた。汎秀は抜群の猛将で敵将信玄が深く感じ入り汎秀の首を岐阜城の信長に送ったという。汎秀は政秀寺に厚く葬られた。父宗政は天正2年に伊勢長島の戦いにて討死。