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〒603-8227 京都市北区紫野北舟岡町49

織田信長公三十六功臣

村井 貞勝
(長門守)

信長の若い頃から側近官僚として文書事務等に携わる。信長は天文17年(1548)熱田の支配を信秀に委任されるが、同18年の熱田社に関する文書に貞勝の署名がみられる。永禄10年(1568)信長に内通した美濃3人衆の人質請取役、永禄11年足利義昭出迎え役を務め、信長の上洛に同行し以後京都の政務を担当。永禄12年に島田秀満とともに将軍義昭の御所造営の奉行、永禄13年に日乗朝山とともに内裏修理の奉行を務めた。天正元年(1573)7月に京都所司代となり、京都に常駐し、寺社領の安堵、課役課税の賦課免除、道や橋の修理、訴訟の調停、治安維持など京都の行政全般を担うとともに、朝廷・公家との連絡役として活躍。信長の意を受け戦乱の世に荒廃した京都の復興発展に尽力。天正10年(1582)本能寺の変に際し二条御所にて信忠とともに討死。