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〒603-8227 京都市北区紫野北舟岡町49

織田信長公三十六功臣

毛利 秀高
(良勝、新助、新左衛門)

尾張国中島の出身とされる。信長の若年時より仕える。永禄3年(1560)5月桶狭間の合戦において、義元本陣へ攻め入り同じ馬廻りの服部小平太が今川義元に一番槍で攻めかかったものの義元の反撃にあって膝を切られ倒れた後、義元を打ち伏せその首級を挙げる殊勲を立てた。黒母衣衆の一員に抜擢され、永禄4年5月の西美濃攻略や永禄12年の伊勢攻略に従軍。その後は戦場には出ず朱印状の発給を取り次ぐなど信長の側近吏僚として活躍。天正10年(1582)4月信長のお側衆として武田攻めに従軍した際には奈良興福寺の塔頭より、主君信長、同僚の長谷川秀一、堀秀政とともに陣中見舞いの進物を贈られている。その後信忠の付人となり、6月の本能寺の変に際し二条御所にて信忠とともに討死。