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〒603-8227 京都市北区紫野北舟岡町49

織田信長公三十六功臣

森 可成
(三左衛門)

尾張国葉栗郡蓮台村に生まれ、成人後は三左衛門尉と名乗る。若年時は美濃国守護土岐頼芸に仕えるが、天文11年(1542)に頼芸が斎藤道三に追放され、まもなく織田信長に仕えたらしい。天文23年(1554)、信長が織田彦五郎信友を殺害し清洲城を奪った戦いに信長の武将として名前が登場。弘治2年(1556)弟の織田勘十郎信勝との稲生の戦いや、永禄元年(1558)岩倉城主織田信賢との浮野の戦いに参戦。桶狭間の戦い(1560)にも活躍。美濃攻略後、鳥峰城を与えられ以後金山(兼山)城と改名し、居城とする。永禄11年(1568)の上洛に従軍し京都の政務を担当。同12年の伊勢大河内攻めに従軍。元亀元年(1570)、越前朝倉攻めに際し、志賀宇佐山城に布陣。9月、浅井・朝倉軍の進撃を宇佐山城で迎え討ち善戦するも戦死。