本文へスキップ
      

TEL.075-451-0170

〒603-8227 京都市北区紫野北舟岡町49

藤安将平刀匠の講話

2 本来、刀とは何か

<武器としての刀>
 刀というのは基本的に戦の現場で使われる武器です。武器として一番考えなければならないことは折れないことです。相手も刀を持っていますから、折れたら困るんですね。絶対折れないことを考えて刀鍛冶は作刀してきたと思います。
 もう一つは量産するということです。何万人という兵士がぶつかりますね。一人一本にしても何万本も必要になります。量産品というとレベルが下がるような思いをされるでしょうが、打ち合いだしたらどんな名刀でもかたいものにあたれば刃がこぼれます。そう考えると一人一本二本じゃ足りません。黒澤明監督の「七人の侍」という映画がありますが、戦闘が始まる前に山の斜面に刀を何本かさしておいて、刀がだめになると走っていってそれを引き抜いてまた戦う。たぶんあれはかなり実際に近い状況だと思います。
 映画の中で志村喬さんが弓を射る場面があります。考えてみますと刀というのは、相手に近い距離でないと使えません。近いところから一歩踏み込んで初めて相手に届きます。そして、自分の刀が届く間合いに入るということは、相手の刀も届くということです。そういうことを考えると、まず遠い距離から矢を敵に向けて放ち、近づいても相手の刀の届かない距離から槍で攻めるのが有効です。そうすると刀というのは間合いが迫ったときに持ち前の機能を発揮できるもので、間合いの遠いときの主な武器は弓であり、槍であり、更に古い時代には石も武器として用いられました。

<美しく研ぎ上げられた日本刀>
 日本刀というのは武器として命を絶つという非常にすさまじい使命を持って生まれたものです。しかし日本刀だけがなぜあんなに美しいのでしょうか。
 美しく研ぎ上げられた日本刀は爪や固い紙でこすっても傷になります。そのくらい繊細なものです。刃先の焼きが入った部分は、鉄を断ち切るくらいの強さを持っていますが、逆に焼きが入っていない地鉄の部分というのは本当に柔らかく、刃物で削れます。刀身に彫がある場合がありますが、あれは焼きを入れてから、たがねで彫り、きさげという刃物で削り、中を砥石で磨いて仕上げます。ですから刀は非常に繊細な刃物だといえます。
 今我々が刀を見ますと、表面にいろいろな模様がありますが、機能的なものを全うさせるために、色々な技術が使われた結果として非常に美しい肌模様となっているんです。美しい肌がなぜ称賛されるかというと、そういう美しい肌模様ができる過程の、折り返し鍛錬や焼き入れなどが、地鉄にあったバランスの取れた仕事だったという結果のあらわれたものだからです。ですから昔の人は、いちいち刀の試し切りをしなくても、そういう表面にあらわれた模様を見ることによって、刀の耐久力、折れるか曲がるかと、そういうものを見極める目を持っていたと思います。
 それがやがて、刀の美しさの方に目がどんどん行ったと思うんです。あそこまで細かく研がなくても、刃先さえ鋭くしておけば、刀というのは切れます。ところが日本人は直刀の時代を含めるとだいたい二千年くらい刀剣に関わってきた時間がありますが、二千年くらい前、あるいはもっと前からかもしれませんが、日本人に限って刀を美しく研ぐようになりました。非常に隙のない線を出したり、地鉄でも地肌でも非常に繊細な砥石の使い方をして美しく研いできているんですね。武器としては必要のない研磨です。他の国の武器には、日本刀のように緊張感のある線、むらのない肉置(にくおき)、表面の美しい地肌、刃文、それを表現するような美しい研ぎ、仕上げをされたものはありません。外国の刀は実際に使える段階ですべて止まっています。地肌も見えません。刃文もありません。武器としてはその段階で十分なんです。
 ですから、戦後刀が美術品になったから美的に美しく研ぐようになったのではありません。かなり昔から日本人は日本刀を美しく研いできています。それはなぜだろうということです。かなり時間もかかるし手間もかかります。研ぎ師さんというのは鍛冶屋さんとは全く違う感覚がないとあそこまで研げません。鍛冶屋さんの感覚というのは、まず気が短い、せっかちである、あきっぽい、これが実は大切な要素です。というのも鉄が赤んだり冷めたりする、それを上回るくらいの気の短さ、せっかちさ、飽きっぽさがないとうまくいきません。私は鍛冶屋さん向きに産んでもらったと思います。今まで五十二年ほど鍛冶屋さんをしていますが、いまだに非常に面白い仕事だと思っていますし、楽しいことをして遊んでいるようで、仕事という感覚が少ないんですよ。ですからとても幸せだと思います。
 話が脱線しましたが、日本刀を研ぐには大変な手間がかかります。荒研ぎから始まって、地肌が見える直前までは、砥石を下に置いて、刀を動かして研ぎます。そこまでが下地研ぎです。下地研ぎで十種類くらいの砥石を使います。ここまででも刃文は見えますし、地肌も見ることができます。そこから先が仕上げ研ぎといって、今度は、刀を下に置いて、砥石そのものを葉書の半分くらいの厚さに薄く削り、マッチの軸くらいの大きさに細かく砕いたものを、刀の上に十個ほど置いて、刀の表面に水で貼り付けておいて、指の腹の弾力を使って研いでいきます。とても特殊な研ぎ方をします。そうすると地肌が浮き上がってきます。非常に繊細な仕事です。その時、ほこりが少しでもあると、それが砥石とともに引っ張られて地鉄に傷をつけてしまいます。我々が仕事着のまま研ぎ師さんのところに行くと嫌な顔をされます。鍛冶屋が来たからひけ傷がついて嫌だなと。仕上げは今日はもうやらないと。ですから私らも遠慮して研ぎ師さんの仕事場には入らないようにしています。そのくらい繊細な仕事で今我々がみる美しい研磨というのはなされているんです。ただ研ぎ師というのは、名前が残りません。今は残りますが、江戸時代の名刀を研いだ研ぎ師の名前は残っていません。もう一つは仕事そのものも残りません。次に研いだら前の仕事は残らないんです。でも非常に重要な位置にいるのが研ぎ師さんです。
 ちなみに仕上げ研ぎに使う砥石は、京都でしか取れません。人造ではできませんし、海外でも取れません。京都でも今は亀岡市と右京区の二箇所のみです。

<御守りとしての日本刀>
 では、なぜ実用にあまり影響のない必要以上の研磨をしたのか。それは刀が日本人にとって単なる武器ではないからです。美的要素を十分に持っている美術品でもあります。しかし、日本刀は美的要素だけを目的として作られたものではなく、機能を十分に考慮されて作られています。刀は非常に高価なものですよね。何億円とするものもあります。でも資産価値として刀を買うのかというとそうでもありません。それでは日本人にとって刀とはいったい何なのか。私はそのことをずっと考えてきましたが、日本人にとって刀は御守りなんだと思います。日本刀はとても大事な、直接心に響き、深いところで国を守り、家族を守り、人を守る御守りなんです。もちろん敵を切って守るという守り方もありますが、そうではなくて、二千年以上の刀剣の歴史の中で、日本人の精神を支える、そういう役割を日本刀に求めて我々の先祖は刀を完成させたんです。刀を身に付けること、刀を傍に置くこと、心の中に思い浮かべることによって大きな力で自分が守られるという考えが昔からあります。他の国の武器と決定的に違うのがそこなんです。他の国の武器がダメだということではないですよ。誤解しないでください。刀は御守りであるという考えに基づき、日本人だけが刀をあそこまで美しく研磨するんですね。刀はそれを持つ人を大きな力で守るものなので、一点の曇りもなく研ぎ上げられなくてはならないんです。
 古墳から刀が出土しますが、研ぎ上げた状態で埋葬されています。死者を守るというそういう意識でおそらく埋葬しているんですね。その時代から刀が大きな力で人を守ってくれるという考えがあったと思います。
 大東亜戦争の時、飛行機に乗る兵士も、軍艦に乗る兵士も、陸を行く兵士もみな軍刀として刀を持っていきました。爆弾が使用される近代戦では、刀はあまり役に立ちません。白兵戦となったときにしか、その機能を発揮できません。しかし日本人は刀をお守りとして持って行きました。持つことによって大きな力で自分を守ってくれると考えたのです。刀を帯びることで勇気が湧いてきます。そして自らの命をもって国を守ろうとする、そういう思いになって、彼らは国を守って散っていきました。そして我々の今があります。
 東日本大震災の少し前、習志野の第一空挺団の若い自衛官から刀の注文がありました。「どんな刀がご希望ですか。」と聞いたら、「がっちりした強い刀がほしい。」とのことでした。「刀は近代戦では役に立ちませんよ。」と話したら、「御守りなんです。持っているだけで力強く感じるんです。」と言います。それが本来の形です。彼は知らず知らずのうちに自衛官とは何かということを真剣に考えたと思います。国を守る、自分の命を張っても国を守るとの覚悟を感じました。第一空挺団というのは、東日本大震災で、福島の原発が切羽詰った状況に陥った時、原子炉を冷やすために上空から水を撒いた部隊です。上空は放射能の線量が非常に高いそうです。もちろん鉛の板でがっちり防御しますが非常に危険です。命に危険があるので志望者を募り、命懸けで志願した若い自衛官達がヘリコプターで福島の上空まで水を撒きに飛んできてくれました。私は福島県民の一人として誠に感謝しております。

<次へ>