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藤安将平刀匠の講話

5 ゆがんだ方向に来ている戦後の日本

<日本人の精神を支えてきたもの>
 戦後、進駐軍が日本に上陸したときに、日本兵の強さの秘密は何だろうと徹底的に研究しました。その結果、日本人にはその精神を支えてきた自分の命よりも重いものがあるということに気付いたのです。そして、日本人の精神を支えてきたものを全てなくす方向で、日本の占領政策が始まりました。日本刀もその大きな一つです。そして武道です。さらに教育勅語による陛下のお言葉です。天皇制もその一つです。戦後の占領政策によって、日本はそういうものをすべてなくされました。

<武道>
 日本の武道、これは日本人の精神を支えてきたもので、決してスポーツではありません。ところが、武道も今はほとんどスポーツになっています。オリンピックの柔道でも技をかけた瞬間に審判の方をみる、自分に旗が上った瞬間にガッツポーズをするという行為が、日本人選手にもみられます。武道というのは負けた相手、命を奪った相手に対して尊敬の念を持つものです。命がけで戦った相手を尊敬するのが武道です。惻隠の情という言葉があるように、勝てばいいのではありません。命を奪う以上はそれなりの敬意を払う。それが日本人の戦いに対する気持ちです。正々堂々と名乗りをあげて、自らの身分を明らかにして立ち向かうのが武道です。
 軍記物を読みますと、物語の中にそういう場面がたくさん出てきます。熊谷次郎直実が敦盛と対決した時もそうです。敦盛が海へ逃げようとしたときに、熊谷次郎直実が招いて、「敵に後ろを見せるとは卑怯なり」ということで、いざ対してみたら自分の息子と同じくらいの年頃だった。これを殺すに忍びないので、早く逃げろと言ったところ、敦盛もそういうわけにはいかないと言って、結果的に首を討たれるのですが、そういう日本の物語を読みますと、色々なところに日本人の心の気高さ、美しさ、優しさが感じられます。そこに介在したのが日本刀です。

<教育勅語>
 明治天皇が人間とはどう生きるべきかということをお示しになった教育勅語も、進駐軍によって廃止されました。今、教育勅語は軍国主義の象徴として全く顧みられていませんが、機会があったら読んでみてください。どこを探してもマイナスの要素はありません。日本人だけがこう生きなさいよというものではなく、「之ヲ中外ニ施シテ悖ラス」という言葉があるように、外国の人にこれを示しても決しておかしいことではないということも書いてあります。そして、共にそう生きましょうという言葉で結ばれている。日本とはそういう国です。ところが今、いろいろなことで、そういう国でなくなりつつあります。

<神社>
 神社も、あちらこちらで非常に寂れた状況になってきています。小さな神社は大変だと思います。日本人の心の中に自然の中に生かされているという思いがあり、その象徴として神社があるということすらわからなくなってきています。

<日本刀>
 刀を親の形見として受け取ったのはいいけれど、どうしたらいいかわからないので処分してくれと言った人がいました。刀を処分してくれということほど悲しいことはありません。しかし、日本刀を処分するという気持ちになってしまったこと、それが悲しいことであるということにその人も気がついていないのです。今、国の方向がゆがんでいるのに、それが正しい方向だと思わざるを得ない状況におかれていることに、何の不審も感じなくなっています。
 現在は、刀は非常に危険なものだからなるべくそばに置かないようにしようということになっています。我々が少年のころ、社会党の委員長が少年に刺されて死んだ事件がありました。その頃から青少年に刃物を持たせないようになったのです。そうすると刃物の怖さも、刃物による痛みもわからないまま、子供たちは大人になってしまいます。刃物を扱ったことがない人は、刃物の怖さを知りません。自分で手を切ったことのない人は、相手にけがをさせても痛みを感じることすらわからないのです。

<職人がいなくなる>
 日本は刃物で色々なものを作ってきた民族です。木造建築にしても、素晴らしい木造建築があるということは、それを作り出した刃物があったということです。その優秀な刃物を作った鍛冶屋さんがいて、その鍛冶屋さんに材料を供給した鉄を作る人達がいて、それが全部つながっていました。今、それがずたずたになっています。職人はもう生きられません。我々刀鍛冶が使う炭も、木炭を焼くおじいさんがいなくなったら、それでおしまいです。最近まで私は、福島県の一番南にある白河というところで炭を焼いている八十五歳のおじいさんから炭を買っていました。その方が脳こうそくで倒れて、今は須賀川の二人のおじいさんが焼いた炭を買っていますが、この二人も私より年上です。加えて、東日本大震災の原発の事故で、福島の木材で炭を焼くことが今禁止されています。そんな状況なんですね。四十年くらい前に風を送るふいごを作る職人も絶滅しました。そういう風にどんどん職人さんがいなくなっています。京都という町は、いろいろな伝統的な手仕事がたくさんあり、それを支えてきた刃物屋さんもたくさんあります。特殊なのこを作ったり、一回しか使わないようなやすりを作ったり、用途に応じていろんなものを作ってきた細かい仕事がたくさんあった町ですが、それも今、次の代の人がいなくて、今やっている人で終わりというところがたくさんあります。

<公的機関に刀の専門家がいない>
 今、国宝として国から指定を受けている刀剣は百十何点ほどありますが、日本刀に関して教えてくれる大学はどこにもありません。国立博物館が全国に四か所ありますが、今、刀の専門家は一人もおらず、他の分野の専門家が刀も扱っているという状況です。その先の文化庁にも刀の専門家はいません。公的機関から刀の専門家がいなくなってしまったんです。国宝として指定し、日本刀はすばらしいものだといいながら、それを支える土台を作ろうとしていません。公的な機関、国の側に刀の専門家がいなくなってしまったということは大変なことですが、そのことに対する危機感もほとんどなくなってしまっています。「本を読んで勉強をしますから大丈夫です。」という人がいますが、本を読むだけでは、絶対に刀の勉強はできません。本物をしっかり見て、しかも系統立てて代表的な作を見て、基準を作らないといけません。

<責任を取らない国会議員>
 テレビで国会中継を見て腹立つことはありませんか。国会議員は、百年先を見つめて今を考えなければならない、本来、国家百年の計を考えて、今の政治を行わなければならない立場の人達です。それなのに前言を撤回したり、女房のせいにしたり、秘書のせいにしたり、責任をとるということがどういうことだかわかっていない人がいます。なぜそうなるかというと、それは精神的に刀を差していないからなんです。
 昔の武士がなぜ腹を切るかわかりますか。命を以て償う大きなものを彼達は持っていたんです。ですから、言葉も重く、行動もしっかりしていました。重い言葉、しっかりした行動の結果、間違ったら自らの命を以て責任を取る、そういうことです。腹を切る行為というのは、決して野蛮な行為ではありません。精神レベルの非常に高い人間でないとできません。日本という国はそういう国であったはずです。東アジアで植民地にならなかった唯一の国です。それは日本人がそういう気高い誇りと精神力を持っていたからです。そうして国を守ってきました。そしてこれからも日本人は国を守らなければなりません。それは美しい日本を先の世まで伝えることになります。是非、このことをどこか心にとめておいてください。そして何かあった時は、国とはどうあるべきかということを、日本刀から学んでほしいのです。

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