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藤安将平刀匠の講話

6 日本刀を正しい形で次世代に伝えるために

 最後に一つだけお願いがあります。日本刀は欠点のない美術品ではありません。武器でもない。金持ちの道楽による資産の対象でもない。お守りなんです。二千年以上にわたって日本人の気持ちを、心を、精神をしっかり支えてきたものが日本刀です。そういう風に我々のご先祖は日本刀を完成させてきました。それをどうか次の世代に伝えてください。
 私は刀鍛冶です。福島の立子山というところに仕事場があります。そこで刀を作っていれば事足りますが、それでは刀を次の世代に伝えなくてはという思いが伝わりません。私は、十九歳から刀鍛冶として刀の世界に入り、師匠にめぐり会い、刀が大好きで、師匠が大好きでひたすら刀を追いかけ、数多くの名刀を拝見し、刀とは何だろうと考え続けてきました。そして山武士先生、刀の本質的なものを広めるために刀剣文化研究所を設立された方ですが、山先生にめぐり会い、そういう中で育てられてきました。私には大きな力がついている、刀によって守られているという思いを日々感じてきました。まっすぐ曲がらない道を、細い道で茨の道でしたが、それを苦労とも思わず楽しんできました。
 私は刀を正しい形で伝えるために、この世に生まれてきたのだと思います。何とか正しい形で日本刀を次の世代に伝えないと、今ある刀もやがてはだめになってしまいます。これから作る刀も単なる美術品を作ったのでは困ります。それを伝えるために色々なところで講習会をしたり、鑑賞会をしたり、勉強会を開いたり、話してくれと言われればどこへでも飛んでいって話しています。今回、有難いことに神社の境内を借りて十日間、一日三回お話しする機会をいただきました。そこで、なるべく大勢の人に刀とは何ぞやということをお話してお願いしています。私は今、全身全霊で、あなた達に向き合っています。それは刀を正しい形で次の世に伝えたいためなんです。それは私が今習っている山先生の教えでもありますし、本間先生達が命をかけて刀を守った、そのことに対する思いでもあります。
 ですが人間の寿命は限度があります。私は十一月十日で七十二歳になります。いつかはわかりませんが、私もその瞬間まで頑張ります。あと三十年頑張るつもりでいますが、あと百年も二百年も生きるわけにはいきません。ですから、その先は今ここにお集まりの若い方々に、次の世代に伝えることをお願いしたいのです。刀はこういうものなんだと、日本人を守る、本質的にとても尊いものなんだということを伝えてください。命には限りがありますが思いは必ず伝わっていきます。
 二千年以上にわたって日本刀は、日本人の精神を支えてきました。今、私達は、古くは一千年近く前の美しい刀を見ることができます。つまりそれは、今我々が見ている日本刀を今の世にまで保管し、伝え、その時々に手入れをしてきた何万人もの人がいるということです。そういう人の思いが結晶し、皆様の気持ちを直接打つのだと思います。今、京都国立博物館でたくさんの藤四郎が展示されていますが、その陰には、薬研藤四郎のように消えていったもの、戦場でなくなったもの、火事で焼けたものなど、数多くの刀がなくなっているはずなんですね。藤四郎に限らず、室町時代までの刀は戦場で使われるものでした。量産されて消耗されるべく作られたものが日本刀なんです。その中で、今我々がこうして見ることができる日本刀は、その時々の人々の審美眼に合格したものであり、とても美しいものだ、これは使って消耗してしまうのではなく、後世に宝物として残そうという思いがこもったものであると思います。その陰になくなった刀が何千本とあったはずです。刀というものは理由があって残されているんです。
 今、日本には約三百万本の刀があります。まだまだ発見届ということで、新たに出てくる刀がありますので、もう少し多いと思います。明治の頃だと六百万本くらいありました。戦国時代にはどれくらいの刀があったのか見当もつかないくらいです。加えて、明との貿易で、何十万本という刀を輸出しています。ただ、その輸出した先の中国にはほとんど日本刀は残っていません。一千年近く前の日本刀が博物館や美術館で見られるのは日本だけなんですね。
 今、我々が古い刀を見ると、色々な思いが心の中に湧き上がってくると思います。それは感動であったり、喜びであったり、美しさからくる陶酔であったり様々ですが、見ることによってとても豊かな気持ちになると思います。これは日本人だけが受け止め感じるものではありません。外国の方でも、日本刀の美しさに触れると、限りなく日本人にものの見方、考え方が近づいてきます。日本が大好きになります。それは普遍的なものです。それをこれから先にも伝えていかなくてはなりません。後のことは知らないというのでは困ります。数百年先、数千年先にもその美しさ、気高さ、大切さ、誇りというものを伝えていかなければなりません。
 人間の手というのは三本ある人はいませんよね。重いものは片手で持てません。両手で持ったらほかのものは持てません。私は師匠から日本刀を通してそういう重いものを受け止めました。小さな身体で全身で受け止めたんです。ですからあとのものは持てません。興味もありません。名誉も名前もなくていいんです。日本刀への思いが皆さんに伝わるだけでいいんです。一生かけて追い求めるのに十分すぎる、それでも足りないくらい日本刀、日本人が作りだしたものは非常に深いものです。純粋なものです。そして美しいものです。
 正しい形で日本刀を次の世代、次の次の世代、次の次の次の世代に伝えてください。子供に孫に思いを伝えてください。そうすることによって、ゆがんだ国の方向が、必ず正しい方向に戻ります。もっともっと日本人の中に刀をしっかり受け止める気持ちがないと、日本という国そのものが危うくなってきます。戦後七十何年、日本は非常にゆがんだ方向に来ています。そのことに気付かなくなるくらい、この国はおかしいぞと思わないくらいゆがんでいます。非常に平和です。豊かです。しかし精神的にはどんどん貧しくなっています。日本という国はどういう国なのかしっかり勉強してください。私はそういうことを学んだ人間ではありません。刀をずっと追いかけてきて、刀とは何かを真剣に仕事をしながら考えてきて、今の日本はおかしいんじゃないかと、そんな風に思って、こういう言葉が出てくるんです。本に書いてあることを鵜呑みにしないで、自分で考えて、自分で結論を出してください。そうすれば日本は必ず蘇ります。これからの日本を立て直してください。よろしくお願いします。

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