中日新聞 宮司寄稿
「地球温暖化防止へ 大祓の思想を」

12月1日から温暖化防止国際会議(京都会議)が京都市の国立京都国際会館で開かれる。これには世界各国から代表者たちが集まり、CO₂の削減について話し合う。自分の国だけの経済的繁栄よりも地球全体の繁栄を優先させ、個人の経済的な利益を犠牲にしても自然環境に気を配るといった考え方は少し前まではあまりなかったように思う。
環境といえば、日本には古くから、大祓の思想がある。全国の神社で年2回、6月と12月に大祓の行事が一斉に行われ、半年間に積もった“けがれ”を祓い清める。今こそこの大祓の思想をみんなが取り戻して、かけがえのない地球を救いたいものだ。
大祓には二つの意味がある。第一は文字通り祓うということ。神道の考え方では、この世の生きとし生けるもの、山川草木すべてが本来は善いものばかりである。ただ、その善いものが、禍津霊の作用でけがれ、一時的に悪い作用をしているにすぎない。これを祓い清めると、また本来の善いものに戻ると考える。
西欧のキリスト教的思想では、世の中に本来善なるものと、悪なるものがあり、悪は抹殺すべきもの、永久に追放すべきものとしているようだ。大祓の思想は、それとは対照的である。すなわち、人について言えば、人はすべて本来は善人であるが、最初から善人、悪人がいるのではない。悪人は何かの弾みによって悪に走るのである。そこで、神道では常に見直し、聞き直し、祓い清めることによって、本来の善なる姿を保っていこうとする。
第二に、祓い清めは小でなく大、個でなく全体を考える。自分だけ祓って清めても、隣が汚れていてはいけない。自分だけでなく、自分の家族全体、さらに社会、ひいては国全体、世界全体を祓い清めなければならない。それによって初めてすがすがしく気持ちよくなれるのである。
このように大祓とは天を祓い、地を祓い、人を祓うことであって、結局、宇宙万有を祓って本来の姿を取り戻すという思想である。まさに地球温暖化防止のみならず、大変な問題が山積する21世紀の指針となる考え方と言えるであろう。
ところで、建勲神社では茅の輪をつくり、大祓の行事を行う。毎年6月30日には大勢の人々が集まり、一緒に和歌を唱和しながら茅の輪くぐりをする。建勲神社の茅の輪くぐりと大祓は愛知県津島市の津島神社に由来する。建勲神社の祭神である織田信長公は天文3(1534)年、津島に近い勝幡城に生まれ、津島神社の祭礼を楽しんだという。津島神社は牛頭天王、須佐之男命を祀り、古事記、日本書紀によると、禊祓の大本をなしているのである。
建勲神社の大祓、茅の輪くぐりが年々盛んになっているのは、人々が祓いを受けてすがすがしい気持ちになられ、来年もまた来ようと思われるからであろう。まことに喜ばしいことである。
先ごろ、話題の映画「もののけ姫」を見た。映画館は若い人たちであふれ、立ち見する人もいるほどの盛況であった。この映画のストーリーの基本にあるのは、人間と自然を対立させるのではなく、森も人も鹿や猪なども自然の一構成物とする考えである。日本人が古来、持ち続けてきた、こうした自然観を素直に受け止めることのできる若者たちが多いのであろう。
こうした若者たちに支えられる21世紀の日本は素晴らしい国になるに違いない、と頼もしく思えた。ひいては日本の伝統的なこの自然観が次世紀の世界に貢献できるだろうとも思った。
あすからの温暖化防止国際会議の成功と、大祓の思想がさらに広まることを心から願っている。
(まつばら・ひろし=京都・建勲神社宮司)

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