大和祭 宮司あいさつ
「イスラム教とキリスト教の違い」

一言ご挨拶申し上げます。皆様ご多忙の中、今年も大平和敬神の大前にお集り頂き、例年の如く大和祭を執り行う事ができ、本当に有難うございます。又、日頃は各支部の皆さまには毎月毎月清掃奉仕を給わり、おかげで境内がいつもすがすがしく厳かな雰囲気となり、何よりも嬉しい事であります。

さて本日、若い方々がたくさんおみえですが、最近学校では教わらない宗教の教義のお話を少し申し上げたいと存じます。世界には実に多くの宗教がありますが、近頃よく新聞やテレビで耳にする宗教はイスラム教であります。イスラム教は今から千三百年余り昔、サウジアラビアのマホメットという方が神様の啓示、お告げを聞いたとして始まった宗教でイスラム教の神様のお名前はアラーと申し上げます。この世にアラー以外の神はなく、アラーの神様がこの地球も太陽もすべての宇宙を創り、この地球上の山も海も人間も動物も全て創られた、人間はアラーの神の前では全く平等でアラーの教えに従えば救われると説いています。
このように、イスラム教は典型的な一神教でただひとつの神しか認めません。従って、アラーの神以外はお釈迦様も仏様もイエスキリスト様も神ではなく、アラーの神によって創られたものにすぎません。勿論、日本の神々もすべて神でないという事になります。
キリスト教も皆様よく御存知の如く、一神教であります。神はイエスキリスト様のみで、それ以外は神ではないと説いています。それでは、イスラム教とキリスト教の違いは何か、神様の名前が違うだけで、片やアラーの神、片やキリストの神という事で同じ様な教えですから互いに仲良く出来ると思われますが、実は両者の間にはひとつ、大きな違いがあります。
イスラム教の場合は、マホメットは神でなく人間であり、ただ単にアラーの神のお告げを受けた人ですが、キリスト教の場合は、イエス様は天におられる父なる神のお告げを人間に伝えるだけでなく、イエス様自体も神であって、しかも天におられる父なる神と一体であって、父と子を結びつけるものが精霊であって、三位一体、三つ別々の様で、常に一体、一つの神様であるとしています。
この様にイスラム教とキリスト教とでは教えを伝えた者が片や人間、片方は神としています。イスラム教の熱心な信徒からみるとキリスト教は唯一神といいながら、大工の息子であるイエスを神であるというのはおかしいという事になり、キリスト教の熱心な信徒からみれば、人間であるマホメットがアラーとかいう神のお告げを聞いた等というのは疑わしい、神様であるイエス様が神の教えを説いているから、キリスト教のみが正しいという事になります。一神教というのは恐ろしい宗教で自分の信仰する神に熱心になればなる程、他の神は許せない、本当の神に対して失礼だということになり、さらに極端になれば、焼き払え、それを信じる人間は皆殺しにせよという事になります。
日本はこの様な一神教、自分の信じている神以外はすべてダメだという宗教は昔から影響力を持っていません。八百万の神様、仏様、皆調和し生成発展していくという考え方であります。出居清太郎教祖が悠久世界平和を実現しようと呼びかけられたのも、まさにこの点にあります。自分だけが正しいと主張していたのでは、世界平和はやってこないのです。日本古来からの宗教、物事を一方的に断定的に決めつけない日本人の考え方、これこそが21世紀の世界が平和になる為に、一番必要なことです。こういった日本人本来の宗教観をわかりやすく説かれたのが捧誠会のみおしえであります。どうぞ捧誠会の若いメンバーの皆さまは是非しっかりとみおしえを学んでいって頂きたいと思う次第であります。

本日はイスラム教とキリスト教の違いについて又、両者が全く相容れない理由についてお話し申し上げました。何らかのご参考になれば幸いです。

さて皆様、大平和敬神の神石の様子が少し変わったとお気づきの事と思いますが、先般野崎さんが神石の前に木の御扉を新しく作り直して頂きました。又、神社では、そこの井戸を囲む朱の玉垣を新設いたしました。それにより、神石が一層光輝く様、願う次第であります。
本日はお忙しい中、よくご参列頂きました。捧誠会の弥栄と本日ご参列の皆々様のご健康、ご清福をお祈り申し上げ、ご挨拶とさせて頂きます。有難うございました。

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